法律相談事例
毎日の残業代は請求できるか?固定残業代規定の有効性
【質問】
現在働いている会社の就業時間は休憩1時間を含む午前9時から午後6時までの8 時間です。
しかし、仕事量が多いために残業をせざるを得ず、毎日の帰りは午後7時から8時が当たり前になっています。
現在25万円の月給をいただいていますが、残業代を請求したところ、「月給の中に含まれている」と主張され、支払いを拒否されてしまいました。
変形労働時間制、フレックス・タイム制、みなし労働時間制を採用しているわけでもないのに、このような対応は許されるのでしょうか。
【回答】
労働時間の原則
ご存知の通り、労働基準法32条は1日の労働時間を8時間以下、週の労働時間を40時間以下と定めています。同じく35条では、労働者が週に1日以上の休日を与えられることになっています。
もし、法定時間以上の労働(時間外労働)を課すのであれば、その旨を記載した労使の協定が必要になります(法36条)。またその際、使用者には割増賃金を払う必要があり、割増率は条件によって異なります。具体的には、1日8時間又は週40時間を超える時間外労働であれば2割5分、法定休日労働に対しては3割5分、午後10時から朝5時までの深夜労働に対しては2割5分、というように決められています(法37条)。
労働者の過剰労働を防ぎ、ひいては労働者の健康を守るためにも、法律は労働者の労働時間を規制し、それを超える場合には割増賃金の支払いを使用者に命じることで、その動きを抑制しているのです。この規定は強行法規であるため、就業規則や労使の合意によって排除することはできず、厳守が求められています。
労働時間規制の例外
ただし、これには例外があります。質問者の方も挙げている、変形労働時間制、フレックス・タイム制、みなし労働時間制の3つの制度です。
まず、特定の週あるいは特定の日に法定の労働時間を超えて労働したとしても、一定の単位期間における1週間当たりの平均労働時間が40時間を超えなければそれを可能とする、変形労働時間制(法32条の2)です。続いて、フレックス・タイム制(法32条の3)は、清算期間内の総労働時間が総所定労働時間を超えなければ、労働者が1か月以内の清算期間を限度に定めた自由な勤務時間で働ける制度です。
一方、みなし労働時間制では、その名の通り、実際の労働時間に関わらず、予め定めた労働時間分働いたとみなすことができます。これは、日々の労働時間やその方法の裁量を各労働者に任せたほうが効率的である業務が対象で、外回り営業といった正確な労働時間が割り出しにくい労働者に適用される事業場外労働(法38条の2)、高度に専門的な業務を行う労働者に適用される専門業務型裁量労働、企画立案といった成果の問われる労働者に適用される企画業務型裁量労働(法38条の3,4)の3つがあります。
余談ですが、年収や業務の専門性といった一定の要件を満たす労働者の同意がある場合には、労働時間規制を適用しない、という高度プロフェッショナル制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)が話題になっています。成果主義をとる労働者のニーズに対応するものとして、政府が導入を検討しているわけですが、長時間労働につながるのではないか、といった懸念の声も多くあるようです。今後の動向に注目が集まります。
裁判例
さて、今回の質問内容を見ていきましょう。先に挙げた3つの制度がいずれも導入されていないということですから、時間外労働に対する割増賃金は当然支払われるべきもののように思われます。しかし、会社は月額25万円の固定給の中に割増賃金が含まれていると主張し、残業代を支払っていません。これは認められるのでしょうか。
実際の裁判例を見てみましょう。原告である派遣労働者が、会社に残業代の支払いを請求したテックジャパン事件(最判平成24年3月8日)です。
原告は、月給として41万円を得ていました。会社との労働契約は、月間総労働時間が180時間を超えれば1時間につき2,560円の残業代を支給し、180時間を超えなければ1時間につき2,920円が控除されるというものでした。しかし会社は、月間総労働時間が180時間以内であればよいとの認識から、1日8時間、週40時間を超える時間外労働を労働者がした場合でも割増賃金を支払わなかったのです。原告はこれを不服とし、それまでの時間外労働に対する割増賃金を請求しました。
これに対し最高裁判所は、時間外労働への割増賃金が支払われていないとする労働者の主張を認めています。月給41万円のうち、通常の労働に対して支払われる賃金に該当する額と、時間外労働に対して支払われる割増賃金に該当する額の区別がはっきりしないということを理由として挙げました。
この判決では、一定時間における残業手当、すなわち固定残業代を予め給与の中に含めるとする際に必要な条件が提言されています。一つには、その旨が雇用契約上明確にされていること。二つ目に、支給時に時間外労働時間数と残業手当の額が明示されていること。そして最後に、定められた時間数を超えて残業が行われた場合には、別途残業手当を上乗せして支給することが明示されていることです。
すなわち、①固定残業代に時間外手当としての実質が備わっていること、②時間外手当として通常の賃金と明確に区別可能であること、③清算のための規定が存在すること、といった必要条件全てを満たしてはじめて、固定残業代が含まれているとの主張が可能になるのです。
質問への回答
この提言を踏まえて今回の質問を考えてみると、月額25万円の固定給のうち、いくらが所定労働時間に対する賃金で、いくらが何時間の時間外労働に対する割増賃金かは明確に表示されていないようです。
同様に、規定された残業時間を超えて労働した場合に割増賃金をいくら支払うかの明示もなされていませんから、会社による残業代が固定給に含まれるとの主張は認められないと考えられます。
実際にはない固定残業代を正当化し、残業代の支払いを巧みに回避している会社も少なくありません。なんだかおかしいな、と感じることがありましたら、弁護士に相談してみてください。
弁護士 谷村明子